昼、夜ごはん。
ホットサンドと、高野豆腐と、残りでした。
夜は、ホットサンド抜きの献立となります。
きよちゃんが、りきゅうの玄関先に、しんいちと、来る際には、
書類にサインをするだけなんだよ、という内容と、
下ネタの話だった。
りきゅうでは、長田警察と、須磨警察が博打を打っていた。
粋な姐さんが、かごを振っていた。
博打の借金で、その場で自殺するように、金融業者が脅して、
ハートが弱めの人は、そこで自死した。
父と、りきゅうに昔は常駐で職員がいたので、救命で紐を解いて、
急いで助けを呼んだが、亡くなった。
朝鮮人の無戸籍の子どもたちは、大暴れをしていて、
山で、日本攻略の軍事訓練を行っていた。
父に日本国が用意した姓が、きよちゃんの息子のしんいちと
同じ苗字だった。
きよちゃんは、きよちゃんの息子のしんいちを、父の息子と大声て言っていた。
きよちゃんが狂人であるためか、
共産党員の、なりすまし作戦でやっているのか意図は不明だった。
わたしは、しんいちに性虐待を受けているときに、
しんいちが、刃物で、私の陰部を深く切りつけて、
内臓が露出している状態で発見された。
救急に電話をすると、おっさんが虐待したんやろうが、お前が責任取れや、
などと言われ、診察を断られたので、きよちゃんの当時の旦那だった
拉致加害者の、神戸大学医学部附属病院元医師が呼ばれて、
縫合手術をされた。
帰国して2か月目ぐらいに、私は、しんいちからの暴力を受けたので、
このあたりから、拉致被害に遭ったこと、実母のこと、
家の資産に関すること、などがすっかりと記憶から消えてしまった。
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