おけいこの日記

ここは、日本最底辺。

朝食。

焼きめしと、宇和島ゴールドでした。



私と帰国後、きよちゃんは、金に困っていた。
中川元医師、きよちゃん、しんいち、金融業者の山村、山村に脅されて、
犯人グループのメンバーになった男性が、兵庫区~須磨一帯を中心として、
強盗で荒らしていた。
きてぃ・ほわいと強盗団と、きよちゃんは言われていた。
我が家には、雑誌・新聞の切り抜き字で、脅迫文が
何通も届いた。
父の家には、数十回、長田須磨兵庫警察官ら、帰化系朝鮮人が
強盗に入って、御物を強奪していた。
おまけに、きよちゃんの強盗グループも父の家に押し入った。
私は、金融業者の山村(山崎)としんいちの親子2人が、
父の家に押し入るたびに、強盗犯の二人から腕をひねり上げられて、
全身骨折していた。
帰りに、100回前後、肩を大きくゆすられていたので、
項部硬直していた。
医者に診せると、余命宣告が出た。
絶対に、項部硬直の時に、赤ちゃんを触らないで、と父に医者が言った。
医者が言っているのを聞いて、すぐに、今の戸籍上の母が
私の首の下に置いていた枕を引き抜いた。
父が母を叱った。
きよみも私と同じベッドで寝ていた。
きよみは、強盗犯の山村(山崎)から、性虐待を受けていた。
鼻くそや、足の裏の皮をあそこに入れられていた。
泣いているきよみを助けようと、おけいは、伯を出して、山村(山崎)の
目に攻撃をした。
当時、私の戸籍上の母は、
喫茶店にいつも誘ってくる友人グループから、リンチを受けていたし、
その腹いせに、私を100回ぐらい蹴り上げていた。
薬物中毒の末期症状だった。人間を止めていた。
母は、よだれを常時垂らしていた。
グフフフフ。などと、ひとり呟いていたり、漫画の世界だった。
中川医師が一日何度も来て、注射を打って、愛の告白をしていなくなったり、
華族としての誇りを失わせるための
共産党の指示ほど陰湿で、残忍なものはなかった。
私の実の母の乳兄弟、太郎の娘を、パーティで太郎とくっついて産んだ、
親戚の女性からの指示で、おけいと、今の戸籍上の母が狙われて、
その指示で、共産党が動いていると父は言っていた。
しんいちと、金融業者の山村(山崎)親子が、父の家に押し入った時、
長田・須磨兵庫警察と、報道関係者が、捕り物のため、私の父の家になだれ込んだ。
賭博のため、手首に輪っかを、しんいちと、金融業者の山村(山崎)に警察がかけた。
すると、今の私の戸籍上の母が、この人が犯人なんやー、この人が全部全部持って帰ったんよ!となんと、私の父を指さして警察官に告げたのだった。
???反対だよね。
母の通告で、強盗害者の私の父が、警察署に輪っかをはめられて、
連行されてしまったのだった。
長田・須磨警察署員と、報道関係者が、父不在の家を家探しして、
家の家財道具一式と、財宝を持ち帰ってしまった。
私と、きよみは、家に置き去りにされた。
再度警察官が戻ってきて、私は、また神戸大学病院に連れていかれた。
その後、私は、看護師の引き取り先渡し間違いミスの名目で、1年ほど行方不明になった。
私が、拉致被害を受けたのは、これで3回目だった。